台風20号接近中で、大雨と寒さの中、東京地裁で開かれたのりピーこと酒井法子の初公判。わずか20席の傍聴席を求めて6615人が日比谷公園に集結したという。
いやあ、こうしてみると、まだまだのりピーの人気は衰えずってとこですね。
そういや、のりピーがデビューした1987年の頃は、女子大生のおにゃん子クラブと清純派のモモコクラブが真っ向から対決している時だった。まあ、私としては、ちょっと擦れた感じのするおにゃん子よりは、清純派のモモコクラブ派の方を押していて、同じ時期に活躍していた西村知美や畠田理恵、島田奈美、白田あゆみ、姫之樹リカ、伊藤美紀とともに未来はビックアイドルになると信じてました。(ある意味一部は当たってますが)
おにゃん子は基本的に撮影禁止のイベントが多いのと対照的に、モモコクラブの方は、サイン会などのレコード販売促進イベントは撮影自由だった。それはプロが撮ったブロマイドの写真と違って、素人が撮ったアイドル写真の方は、ファンとアイドルの近さを感じるフレンドリーな写真として人気を博し、いわゆる「アイドル生写真」というジャンルが生まれることになる。
今みたいにインターネットが一般的で無い当時は、素人が撮った生写真を全国のみんなに知ってもらうには、素人の投稿で成り立っている「投稿写真」系の雑誌が一番手っ取り早い方法だった。
当時は投稿雑誌が一世を風靡していて、これに掲載されることによって、雑誌も売れるし、アイドルの知名度も上がるという相乗効果が生まれ、みんなハッピーな状況だった。(一部で、生写真を原宿などで販売し、巨万の富を築き上げ、フェラーリを購入したという噂も流れたりした。)
のりピーに関しては、自らが描いた「のりピー」がグッズになって販売され一部私の家にも残っている。
また、映像メディアに関しては当時の主流であるVHDやLD、CDVなどに登場し、私の家にもCDVが残っている。CDVとは、CDの大きさ(12cm)に20分の音楽と5分のアナログ映像を収録し、LD&CDコンパチプレーヤーで無ければ再生出来ない代物。ただし、映像がアナログでコピープロテクトも無いので、20年前のプレーヤーを再生して、DVDに焼き直しました。同じくLDもコピー制限が無いので、DVDに焼き直すことが出来ます。
とまあ、なんだか昔を振り返るだけになってしまいましたが、なんであの頃はこんなに熱中したんだろう、そして、なんでこんな事件が起きてしまったんだろう、、、と未来というものは誰にもわからないものなんだ、、、と裁判員裁判のイベントで貰った未開封の審理のDVDを眺めつつ、今日の初公判の様子が頭の中で勝手に空想され、いつの間にかパッケージの表面が濡れてました。。。。。