そりゃそうでしょ。1審の京都地裁での有罪判決の時には、何でと思ったもん。あくまで、Winnyはファイル交換のための「道具」であって、それをどう使うかはあくまでユーザーの責任。2審の判決は、当時のWinnyという道具の中身の理解力不足だったことをを明確にする裁定だった。
でなければ、包丁という道具を作った人が、刃渡りから、もし人を刺せば殺せるほどと理解していても、それはあくまで調理用の道具であるので、包丁を作った人が有罪になるのはおかしいという理論だ。
当時、東京大学の大学院助手だったWinny作者であるが、そのプログラムのすばらしさはわかる人にしかわからないのであるが(逮捕で悪者のイメージになってしまった)、今回弁護側からも、「著作権者にとっても利益がある」と反論している。
個人的な見解であるが、たとえば、ユーチューブなどの、投稿動画サイトを見ても、著作権を侵害していると思われるような画像が見受けられるが、マスコミや企業側も一種の広報活動の一環として、これを支援しているような動きもある。やはり、情報を共有して認知度を高め、企業イメージなどの向上を図る戦略が一般的に認知されてきたのではないか。それが、今回の無罪判決にもつながった気がする。